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イトー・ターリ パフォーマンス  ひとつの応答 in 原爆ドーム前
2011/1/2(日)〜1/7(金)11:40/13:00
特別料金:一般1300円 学生・シニア:1000円

2009年12月3日、ヒロシマの原爆ドーム前が、つかのまオキナワ、カンコクと共鳴する空間となった。
ひとつの応答_1

ひとつの応答_2
2010年 DV 62分 撮影・編集 青原さとし
■解説■
2009年12月3日、ヒロシマの原爆ドーム前が、つかのまオキナワ、カンコクと共鳴する空間となった。
イトー・ターリによる今も絶え間なく増え続ける性暴力被害者への鬼気迫る「弔い」ともいえるパフォーマンスの記録である。ヒロシマ平和映画祭2009実行委が開催した。

■「ひとつの応答」とは■
パフォーマンスは「居るのに居ないものとして扱われてきた性暴力被害者の人々の存在」をテーマにしています。
ここで言う性暴力は軍事下において引き起こされたものを指しています。性暴力被害者とは満州事変、日中戦争など戦線が拡大した1930年代後半から、日本が敗戦をむかえた1945年の間、旧日本軍が作った「慰安所」に強制連行された女性たちのことであり、また、敗戦後、米国の占領下におかれ、1972年日本へ復帰した沖縄において、今日まで、米軍基地に所属する兵士によって強姦された無数の人たちのことです。
 日本軍が組織的に起こした犯罪行為と米兵が起こした犯罪ではその意味は大きく異なります。しかし、戦争というものが人を狂気に導き、占領した兵隊たちが手当たり次第、多くの女性、子どもに性的暴力を加えた事実は両者とも異なるものではないのです。そして、日本軍「慰安婦」の問題を解決しないでいることは、日常生活のなかで起こっているDVや米兵による性暴力事件の多発を許す起因にもなっていると言っても過言ではありません。人権意識の希薄な日本の文化が存在して、その社会で生きていることに自覚的でありたい、それが私のパフォーマンスをやる動機です。そして、この1月2日にまたハルモニが亡くなりました。一刻も早い日本政府による謝罪と補償の実行を働きかけることがパフォーマンスの目的です。
(2010年1月   イトー・ターリ)

■イトー・ターリ■
1973年から身体表現の関わり始め、1982から1986年にオランダに滞在した後から、パフォーマンスアートに移行した。東京をベースに、国際パフォーマンスフェスティバル、国際美術展に多数参加し、またギャラリーでの個展も行ってきている。ゴム、鉄板、鏡、アルミなどの素材を駆使し、ビデオ、CG映像なども折り混ぜて行われる行為は、身体、セシュアリティなどをテーマとするマルチメディアパフォーマンスである。
1987 『表皮とかたまり』 1991 わたしはここにいる』 1992『フェイス』 
1995『ディスタントスキンシップ』
1996『自画像96』 1998『わたしを生きること』 2001『恐れはどこにある』 
2003『狂った身体』 
2004『恐れはどこにあるー反戦編ーvol.1,2』『虹色の人々』 2005『Meditating Body』
2006『あなたをわすれない』
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